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ひそかブログ

アニメでするリアルの話、リアルでするアニメの話。そういうのが好きです。

「がっこうぐらし!」の魅力をひも解く「どんでん返し」と「魔法少女まどか☆マギカ」と「叙述トリック」

がっこうぐらし!

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はじめに

みなさんこんにちは。
今回は「がっこうぐらし!」から感じる魅力について、「作品のつくりかた」、つまり「手法」的な話からアプローチしてみたいと思います。手法のポイントとしてあげるのは、

第1話の「どんでん返し」、「魔法少女まどか☆マギカ」に通じる「メタ化」、「叙述トリック」

の3点です。


この記事は、おととい読んだ「がっこうぐらし!」のインタビュー記事 ↓ に触発されて書いたものです。このインタビュー、すっごい面白い!

animeanime.jp


「がっこうぐらし!」に魅力を感じているならば、是非読んでいただきたいインタビューです。
作品の魅力を伝えるために使われるキーワードや、その具体例として引用される作品などが刺激的でとても勉強になるインタビューでした。もうね、メモを取りながら何度も繰り返して読んでしまったほど。

ということで自分の忘備録という意味も含め、インタビューの内容を借りながら、というかパクりながらですが、「がっこうぐらし!」という作品を3つのポイントでひも解いてみたいと思います。
(ちなみに原作未読です)


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ポイント1. 第1話の「どんでん返し」

旧来の作品における「どんでん返し」とは、作品のラスト付近に持ってくるのがオーソドックスなパターンです。インタビューでは「どんでん返し」作品の代表格として、アニメからは「海のトリトン」(1969~1971放送)、映画からは「猿の惑星」(Planet of the Apes;1968公開)をあげていました。

では「海のトリトン」と「猿の惑星」について簡単にふれてみます。


「海のトリトン」は、子供の頃に再放送を夢中で見たのですが、残念ながら内容はほとんどおぼえてないです。ググってみると「海のトリトン」は、原作:手塚治虫、プロデュース:西崎義展(宇宙戦艦ヤマト)、監督:富野喜幸(現・富野由悠季)という錚々たるメンバーで作られたアニメでした。すごいメンツ!(笑) 「どんでん返し」という意味でいくと、「海のトリトン」では最終第27話「大西洋 陽はまた昇る」が「どんでん返し」になっていたようです。

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もう一方の「猿の惑星」
こちらも「どんでん返し」はラストです。ネタバレになりますが映画のあらすじをざっと書くと。

- 宇宙船内で人工冬眠を使い、主要キャラ3人がたどりついた地球からはるか彼方の星。そこは猿が支配し人間が奴隷にされるという驚天動地の惑星だった。なんとか敵の拘束をのがれ脱出行を進めていくと、なんとその惑星は遥か昔に文明の滅んだかつての「地球」だった
(記憶で書いているので細かい間違いがあったらごようしゃを)

「猿の惑星」はSF映画の金字塔だと思います。傑作ですよね。

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さて、そして肝心の「がっこうぐらし!」
こちらは「どんでん返し」をアニメシリーズ全体のラスト付近ではなく、第1話という一つのエピソード内のラストで行っています。時間は、ラストの3分20秒ぐらい、だったかな。

「がっこうぐらし!」が「海のトリトン」や「猿の惑星」と違うのは、「すでに原作が先行している」ということ(「海のトリトン」も、先に原作漫画があるのですが、マンガとアニメは内容がかなり違っているようなので除外します)です。


つまり、「がっこうぐらし!」の場合、先の内容をすでに知っている人がたくさんいるということですね。ですのでもしも1話のどんでん返しを2話以降に持ってきた場合、SNSによるネタバレがかなり出回り、せっかくの「どんでん返し」の衝撃が薄れてしまうおそれがあったと思います。

だから第1話でやったのでしょう。
「がっこうぐらし!」第1話の内容は、原作マンガでいうと第3巻になるらしいです。
ですのでアニメは、原作とは時間軸を大きく入れ替えてシリーズ構成した、ということになります。このように原作と変えてアニメ化した場合、作品の整合性を取るという意味でスタッフの苦労は倍増すると思うのですが、それでも私はこの大胆な時間軸変更は大成功だったと思います。

原作漫画のある「がっこうぐらし!」
どんでん返しをやるなら第1話しかない!
私はそう思いますし、アニメスタッフも同じように考えたのではないでしょうか。


ポイント2.「魔法少女まどか☆マギカ」に通じる定番ジャンルの「メタ化」

まず先に、「メタ化」の意味する内容について。
「メタ化」とか「メタ的」ってたまに目にしますよね。しかしわたしは、これの意味する内容がよくわからない。インタビューでは、「メタ化」と似た具体例として「本歌取」(ほんかどり)をあげていました。

本歌取とは、和歌で使われる作成技法のことです。
本歌取 - Wikipedia」でとりあげられた具体例を借用すると。

1.『万葉集』巻1 18番歌額田王
三輪山を しかも隠すか 雲だにも 心あらなも かくさふべしや」
2.『古今和歌集』巻2 94番歌紀貫之
三輪山を しかも隠すか 春霞 人に知られぬ 花や咲くらむ」


上の2.が本歌取を用いた作品です。
多くの人が知っている本歌(1.の和歌)の青文字部分を引用することで、表現効果の重層化を図ることが目的になります。インタビューを読んで初めて理解できたのですが、「メタ化」とは和歌でいう「本歌取」(ほんかどり)だったんですね。多くの人が知っている定番ジャンル作品のスタイルを引用し、それをひっくり返したりまるで違った新たな展開を重ねることで、「表現効果の重層化」を狙う。それが「メタ化」。私はそう理解しました。

以下、インタビュー記事からの引用です。

数土 直志(すど・ただし)
「構図としては『まどか☆マギカ』と一緒ですよね。要は本歌取り。『まどか☆マギカ』は「魔法少女もの」を引用してひっくり返したわけですが、『がっこうぐらし!』は「日常もの」を引っ張ってきてひっくり返している -


「がっこうぐらし!」とは、定番ジャンル「日常もの」のメタ化作品。
原作のニトロプラスは、定番ジャンル「魔法少女もの」のメタ化作品「魔法少女まどか☆マギカ」の構図をかなり意識して「がっこうぐらし!」を考えたのではいでしょうか。


ポイント3. 叙述トリック

インタビューの中で、「がっこうぐらし!」に仕掛けられたトリックを表現するために出てきた「叙述トリック」の言葉に「あぁっ、そうかっ!」となりました。インタビューに出てくるみなさん、ほんとすごいですね。勉強になります。

「叙述トリック」とは、おもにミステリ小説などにおいて、文章上の仕掛けによって読者のミスリードを誘う手法のことです。
(「叙述トリックとは - はてなキーワード」より)


「叙述トリック」と聞くと、私は真っ先にアガサ・クリスティの「アクロイド殺し」が頭に浮かびます。そして、「アクロイド殺し」をヒントにしたと言われているのが、映画の「ユージュアル・サスペクツ」です。

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

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「アクロイド殺し」と「ユージュアル・サスペクツ」の内容について書くと、ちょっとネタバレが過ぎるので少し気が引けますが、要点だけを手短に書くと、作品の「語部」(かたりべ)による「語り」そのものがトリックになっている、という仕掛けです。


では「がっこうぐらし!」の「叙述トリック」はどうなっているのでしょう。わたしは、

ゆき(丈槍由紀)の見ている世界自体が叙述トリック

じゃないかと思います。
特に、第1話が叙述トリックでしたよね。


- 平和でほのぼのした日常。ゆきは楽しそうに学校での生活を送っています。「最近がっこうが楽しい!」
しかし夕方になり、みーくんがゆきのいる教室をのぞいてみると……
ゆきが話しかけているクラスメートなど誰一人存在せず、そこは学校の窓は破れ放題、眼下の校庭には大量のゾンビが闊歩している世界だった -


とまあそんな感じでビックリ仰天。つまり「がっこうぐらし!」の第1話は、
「実はゆき(丈槍由紀)の見ている世界を語部にした叙述トリック」
というつくりになっていたのだと思います。
ほんとよく考えつくなー こういうの脳みそにビンビンきちゃいますw

そしてこの「叙述トリック」
まだ現在進行形ですよね。特にゆきとめぐねえ。このふたりは「叙述トリック」なのか否か。第4話時点ではいまだに判別できない状態にあるのが興味を惹かれる点のひとつです。


ということで。
ここまでをまとめてみると「がっこうぐらし!」とは、

  • 第1話の「どんでん返し」
  • 「魔法少女まどか☆マギカ」に通じる定番ジャンルの「メタ化」
  • ゆきの見ている世界を語部にした叙述トリック


このあたりが「がっこうぐらし!」の面白さを紐解くカギになっているのではないでしょうか。
他にも色々あると思いますが、ここでは以上の3点にさせていただきます。


しかしポイント1.~ポイント3.より大事な事もあると思う

以下はあくまで私見です。

視聴後の気持ちとしては、
ポイント1.の第1話の「どんでん返し」からはゾッとするような気持ち。
ポイント2.の「日常もの」の「メタ化」からは、これから主要キャラは大丈夫?いう不安な気持ち。
ポイント3.の叙述トリックからは、まさか!とか騙された!いう驚きの気持ち。

そういった気持ちが胸に去来しました。


しかし自分の気持ちに境界線を引き、気持ちいい(快)と気持ちよくない(不快)の二つに分けてみたならば。
ポイント1. もポイント2.もポイント3.も、「快(気持ちいい)か不快(気持ちよくない)か、二択で答えよ」と問われたならばわたしは「すべて快」だと答えます。ほんのちょっとの差なんですけど、みな気持ちを二択にするために引いた境界線を越えて少しずつ気持ちいいんですよね。

ゾッとする快、不安な快、驚きの快。

たぶん、これらのちょっとずつの快が心の奥底に沈殿し重層化した結果、「がっこうぐらし!」という作品に「パクッとくいつく」状態を生み出したのだと思います。


もちろんポイント1.~ポイント3にどちらかといえば不快(気持ちよくない)を感じる人もいるのでしょう。まあそのあたりはもう、個人の感性とか好みに関わる話になるんでしょうね。そこが私見と書いた理由になります。

最後のまとめ

ということでインタビューの力を借りながら「がっこうぐらし!」をひも解いてみようという話でした。まとめれば、

ポイント1.~ポイント3.であげたような趣向を凝らした作品であること。
さらにポイント1.~ポイント3.によって胸に去来する気持ちがすべて「快」であること。

これらが作品に「パクッとくいついた」事を説明する理由になるかなと考えました。


作品論を展開するのが好きな方にとって(私などは全然問題外のレベルですが)、
「がっこうぐらし!」は作品論を語るテーマとして格好の題材
なのではないでしょうか。




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