読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ひそかブログ

アニメでするリアルの話、リアルでするアニメの話。そういうのが好きです。

韓国で「反日」が減らない背景とは?

最近思ったこと

嫌韓の本

「韓国人による恥韓論」(著:シンシアリー)を読んだ。
その中に、自分の「疑問」に対する「回答」があったので紹介してみたいと思う。
疑問とは、「なぜこれほど韓国では『反日』」が減らないのか」ということだ。



PR



どうもみなさんこんにちはー
突然ですけど今回は韓国に関する話などをしてみます。
ブログはいつも敬体(です、ます調)で書いてきましたけど、しかし今回は常体(だ、である調)に挑戦してみたいと思います。ちょっとした気分転換も含めて、ね。


シンシアリーさんと「韓国人による恥韓論」の概要

韓国人による恥韓論 (扶桑社新書)

韓国人による恥韓論 (扶桑社新書)


まずは著者のシンシアリー(SincereLEE)さんや本書について簡単に説明したい。

シンシアリーさんは韓国生まれの韓国育ちでお住まいも韓国。
歯科医を営むかたわら、韓国の反日思想に対する皮肉をつづった日記「シンシアリーのブログ」を運営し、扶桑社から彼の持論を「書籍化」しないかという話が舞い込み、そして書かれたのが本書「韓国人による恥韓論」、という流れになっている。彼は幼いころから両親の影響で日本の文化に親しむ機会が多く、それが彼の偏り過ぎないバランス感覚を生み出す要因になっているのだろう。


韓国で「反日思想」がはびこる心理的な背景

最初に結論から書いてみる。
なぜこれほど韓国では「反日思想」がはびこるのか。

シンシアリーさんは、
(韓国が)自分以外に「悪」を見つけることで、自分を「善」と見なす方法を選んだから
と説明している。これはひじょうに卓越した見解だ。

自分(韓国)が「善」になるためにはまず「悪」が必要。
だから韓国の「反日思想」とは、日本を「絶対悪」として設定したものである。

そういうのが彼の論旨だ。


私は長いあいだ、なぜこれほど韓国は「反日」に染まるのかということが疑問だった。彼らの根底にどんな気持ちが隠れひそんでいるのか、今ひとつつかみ切れずにもどかしかった。

しかしシンシアリーさんは、そういう自分に対して、本書で明快な解答を示してくれた。疑問に対する答えを得て「あぁなんかスッキリ」。それが読後の率直な感想だ。


ではここで、少し長くなるが具体的に本書から引用してみたいと思う。
内容は、韓国が日本を「絶対悪」として設定するまでの流れを、彼が二段階のステップで説明している場所だ。


暴走した思想によく見られるパターンに、「自分は善だから、相手に何をやってもいい」というのがあります。反戦デモや環境デモで、平和や保全を叫びながら、実際には異常に暴力的なデモをやる人がいますね。こちらが正しいに決まっているから、相手には何をしてもいいと思っているからです。

そこでもう一歩狂うと、こうなります。「相手は悪だから、僕は善に決まっている。だから僕は相手に何をしてもいい」。善悪を設定する順番が逆になっただけのように見えますが、実は「狂った度」が全然違います。悪に設定された対象「だけ」に集中的に攻撃性が向かうため、迷惑そのものなのです。

(「韓国人による恥韓論」、p.55より引用)


「迷惑そのもの」って !!
ふいた。
「迷惑そのもの」ってこれ、まさに私の韓国に対する心情そのものじゃないか。
韓国が「反日」ならばその反動は「反韓」と呼んでも良さそうなものだが、「反韓」という言葉は流行せずに「嫌韓」という言葉が一般的になった理由には、こういう心情が背景にあるのだろう。迷惑過ぎて嫌になっちゃうよー。それがおそらく「嫌韓」の心理だろう。


ここまでをふりかえると。

自分(韓国)は善になりたいから悪(日本)が必要。
相手は悪だ(悪に設定した)からとうぜん自分は善。
だから悪には何をしてもいい。

それが韓国で「反日思想」がはびこる心理的な背景なのだろう。


また本書では、韓国にこういう心理の生まれてきた歴史的な経緯についても詳しく書かれている。そもそも韓国では、憲法の序文からして反日の内容になっていた、ということを初めて知った。興味のある方は本書を一度読んでみるといいだろう。基本的に柔和な口調で分かりやすく書かれているので、韓国についてよく知らないや、という方にとって最適の入門書だと思う。

さらに、韓国にこういう心理の生まれてきた歴史的な背景について、自分もいろいろ思いところがあるのだが、それはまた別の機会にしたい。


韓国を知ることによって増えてきたリスク

ここまで韓国について一方的にふれてきた。というか悪く書いてきた。
バランスを取るという意味で、少し日本についてもふれてみたい。というか、韓国を知るにつれて自分の中に生まれてきた心理的リスクを含めての話だ。

韓国という国は(というより北朝鮮を含めた朝鮮半島)は、歴史を含めて知れば知るほど悲惨だ。知れば知るほど「いやぁヒドイ場所だね~」という思いがより強まることはあるが、決して弱まることは無い。地政学上、つまり地理的にしょうがないという同情の余地はあるにしても、だ。


それ(朝鮮半島)から見たら日本って随分マシ。
だから半島に生まれず日本に生まれたことは幸せなんだな。

とまあ、このあたりまではいいだろう。
隣人(朝鮮半島)の悲惨を知って自分の幸福を再確認するって感じで。


恐ろしいのはこの考えが一歩も二歩も進んでしまうことだ。例えばシンシアリーさんの言い回しを借りるならば、
「韓国の主張は100%間違っている。だから日本の主張は100%正しい」
このように考えてしまうことだろう。

韓国について詳しく知るようになったがゆえに、かの国の悪い考え方に毒されてきた。
そう言えるんじゃないだろうか。


歴史の授業で「日本人はそんな悪いことしません」と授業内容に反論した学生がいたらしい。日本は100%正しい(ハズ)、という思い込みがこの学生の頭にはあったのだろう。しかし、この思い込みというヤツは、韓国の思想パターンと同じだ。

相手(日本)は悪だからとうぜん自分(韓国)は善
相手(韓国)は間違ってるから自分(日本)は正しい

思想パターンとしては同じだろう。つまり、
「韓国を知ることによって増えてきたリスク」
その一例だろう。
そして、この学生と同じように「思い込みたい」という欲求は私の中にも存在している。


しかし思い込む前に。
善だの悪だの、間違っているだの正しいだの、何かを判断する前にまずはキチンと「情報をつかむ」ことが重要なのではないだろうか。判断や自分なりの結論を出すのはそれからでもまったく遅くない。そんなふうに私は思っている。


最後に

ということで。
韓国で「反日思想」がはびこる心理的な背景、
韓国を知ることによって日本(自分)にも増えてきたリスク、
という話でした。

たまに常体で書いてみるのも新鮮でイイですね。
ちょっと自分がエラくなったような錯覚を覚えました (*´∀`*)ゞ ハハッ




類似記事